ピアノが拡げてくれる♪

今年2月に明石市人丸教会で聴いた
梯剛之さんの子どもに伝えるクラシックのピアノコンサート。
新聞記事をみて 偶然行ったこのコンサートから
ご縁が広がっています。
梯さんのHPやオフィシャルファンクラブの会報に 
私の感想を掲載してもらいました。
そして この度 ピアノの発表会の前に
梯さんのファンの方からお手紙が届きました。
同じく 明石市人丸教会のコンサートを聴いたというそのお方は、
お気に入りの梯さんのCD、DVD、エッセイ本と一緒に
ご自身が感じる梯さんの音色と私のブログの感想を
お手紙で送ってくださいました。
生活の中で 音を自然に取り入れておられるその方のお手紙から
音楽で生活を潤わせ 時に自らを鼓舞している様子を想像しました。
同じ時、同じ音楽を聴いた 言葉も交わしていない方からのお手紙。
どれだけ 私の想像力が掻き立てたことでしょう!
ピアノの発表会の前に 相当 力を貰いました!!

そして この度 頂いた梯剛之さんのエッセイ
「いつも僕のなかは光」

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カルチャーショックを受けています。
まず、「見える」という価値の捉え方。
梯さんは幼いころから 聴覚、嗅覚、触覚からの体験で 認識をする人です。
視覚情報過多の現代社会で 捉える多くの視覚認識を理解するのは
当初 すんなり納得できるものではなかったでしょう。
小学生のころ、普通学校に通うことで 友達との会話の祖語から
「離れた遠くのもので触らなくてもわかるのが 見える ということ」 と
自然に納得していったのです。

見えないのが日常の梯さんですが 「見る」ことも今は普通になっています。
周りの人達が伝える目からの情報に対して
想像を膨らませ、その時 同時に経験する手触りや匂いを通して
梯流に 見ておられます。
むしろ 偏見がなく 想像で見ることのほうが 真実に近いのかもしれません。

価値 というのは
自分だけの思い上がりだけで捉えてはいけないことを
このエッセイを通じて痛感しました。

「目がみえないのは確かに不便なことも大変なこともありますが、僕はそれほどこだわっていません。
それが僕の生活ですし、ある意味では感謝することさえあるのです。
でも、社会の門が閉ざされていることは、実際の困難よりずっと大変でした。
目がみえないことで過小評価する社会のほうが、目が見えない事実の何倍も苦しいのです。」

この梯さんの言葉から
受容すること の 本当の意味を思いました。
今まで 良かれと思って視覚障害の方に行っていたアドバイスも
もしかしたら こちらの思い上がりだったかもしれません。
視覚の問題だけでなく
人間は 個個 それぞれ 外見、内面、能力など、同じ存在はありえません。
誰もが ある意味 完璧ではなく 
ある点においては障害をもっているのと同じでしょう。
ならば、どんな人に対しても 
受容から始まり
価値を押し付けず
コミュニケーションでもって 相互関係を作っていくことが
人間として 生きることではないでしょうか?
円滑なコミュニケーションには 想像力とユーモアが必要です。

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想像力を養うには 自然の声を心で聴くことです。
ドビュッシー 映像 第1集、
「水の反映」「ラモーを讃えて」「動き」。
梯さんの演奏は 光が反射しながら水と戯れているようで
まるで これから命が誕生するような世界♪
お散歩が趣味の梯さんが日々、感じとっておられる世界が 音で表現されています。
すっかりお気に入りで 
このCDは 今、レイ眼科クリニックで毎日流れています♪

音楽が 言葉と心を拡げてくれます。
音楽が 人間関係を拡げてくれます。
音楽が 価値を拡げてくれます。
音楽が 生きることの意味を教え 拡げてくれます。

梯剛之さんのHPは → こちらから
Aさん、ありがとうございました。


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by ray_matsumoto | 2018-05-09 23:09 | My Diary | Trackback | Comments(0)

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