花月
2012年 03月 11日
この日が突き詰める現実を 私達は真剣に考えなくてはならない。
地球で生きること、
人も動物であること、
自然と科学の折り合い、
頭脳の均衡、
難しい問題が大きすぎる。多すぎる。悲しすぎる。
10年以上前に 両親にもらった花月(金の生る木)を私は大事にしている。
(→2007年の記事、 →2008年の記事)
本日は 春に備えて 新芽に備えて
枯れ始めた葉を落としてやった。
最近忙しくって放置していたことを謝りながら
一枚、一枚 葉をちぎると すっきりした花月も嬉しそうだ。
今年は 今までにないほど 花が咲き誇っている。
夏に水をあまりやらないと 花がつくのだが
今年の花は 今まで見たことないほど 満開だ。
厳しいほど 美しいものがあとからやってくる。
数年前より格段と成長した幹、立派に伸びた枝と肉厚の葉、
蕾の可憐さ、
小さな花々が集まれば 淡いピンク色の輝きが眩しい。
思わず 語りかけるほど 繊細で可愛らしい。
成長とは 何にも代えがたいほど 美しいことなのだ。
金の生る木は 私に何のお金ももたらさないけど
色々教えてくれる。
離れた両親の代わりに、年老いて子供がえりしている親の代わりに
成長する花月が 色々教えてくれる。
時とともに成長していく自然
時とともに朽ちゆく自然
時に優しく手を貸し
時に厳しく放置し
でも 絶対枯れさせないと決めた決意があるから
今 私の花月のこの姿がある。
ほんの少しだけ手を加えたくともできない 今の厳しい東日本。
せめて朽ち果てる葉をとることさえできないのだ。
強い決意、意志をもった人が 集まることで
小さな力が集まることで
成長できる日のスタートをきれることを 願う。
厳しいほど あとから美しいものがやってくるのだと 祈る。
花、月、風、水、空、太陽、
地球の美しさ、宇宙の中の地球を
心と体で実感できる日は 再びくるのだと 強く願う。
私は、私ができることを続けよう。続けていこう。